防音対策を検討している方なら「重い材料ほど音を遮る」という話を聞いたことがあるのではないでしょうか?これは透過損失(遮音性能)を考える上で最も重要な「質量則」と呼ばれる音響の基本的な法則です。防音対策を行なう上で、理解しておきたい重要な概念です。
しかし、実際の防音対策現場では、質量則の透過損失だけで防音性能は説明できません。
この豆知識では、質量則で計算した理論値と実際の透過損失のデータを比較し、防音対策で失敗しないための知識を分かりやすく解説します。
経営企画部 マーケティンググループ
高岡 知康(タカオカ トモヤス)
質量則を理解しよう
質量則とは、遮音材の重さと遮音性能の関係を表す法則です。コンクリートや鉄板のような単一の材料で構成された材料において、以下の法則が成り立ちます。
- 材料の単位面積当たりの重さ(面密度)が大きいほど、透過損失(遮音性能)が向上。
- 周波数が高いほど、透過損失(遮音性能)が向上。
専門用語を簡単に説明します。
・面密度:1平方メートルあたりの材料の重さ(kg/m²)
・透過損失:音が壁を通る時にどれだけ小さくなるかを表す数値(dBで表示。数値が大きいほど遮音性能が高い)≒ 遮音性能
・遮音性能:音を遮る能力の高さ
・周波数:音の高さを表す数値(Hzで表示。数値が大きいほど高い音)
つまり、「重い材質のものほど音を遮る」「高い音ほど遮音しやすい」という法則です。
透過損失を計算しよう
一般的には音の入射方向によって以下の式(1),(2)で表されます。
垂直入射の場合(音が遮音材に真っ直ぐ当たる場合)

拡散入射の場合(音が遮音材に様々な方向から当たる場合)

また、実務レベルでは、以下の式(3)をよく用います。

TL0:垂直入射透過損失(dB)
TL:乱入射透過損失(dB)
m:面密度(kg/m²)
f:周波数(Hz)
質量則による透過損失の計算例
一般的な厚さの鉄板の透過損失を式(3)で計算した結果を表1に示します。
表1 質量則による透過損失(単位:dB)
1/1オクターブバンド中心周波数(Hz) | 125 | 250 | 500 | 1000 | 2000 | 4000 |
鉄板1.2mm 面密度9.42kg/m² | 11.3 | 16.7 | 22.1 | 27.5 | 33 | 38.4 |
鉄板2.3mm 面密度18.06kg/m² | 16.4 | 21.8 | 27.2 | 32.6 | 38 | 43.5 |
鉄板3.2mm 面密度25.12kg/m² | 18.9 | 24.4 | 29.8 | 35.2 | 40.6 | 46 |
式(3)からは以下のことが分かります。
- 材料が重いほど遮音性能は高い
例えば、重さが2倍になると透過損失(遮音性能)は約5dB大きくなる。 - 同じ材料でも周波数の高い音ほどよく遮音できる
例えば、周波数が2倍になると透過損失(遮音性能)は約5dB大きくなる。
質量則と実際の透過損失の違い
防音設備協会(BSK)の標準性能データと質量則の比較
では、実際の透過損失はどうでしょうか?
防音設備協会(BSK)の仮設建屋の防音パネルの標準透過損失と質量則の透過損失を比較してみます。
なお、BSKの防音パネルの標準透過損失は各メーカーの実測値を基に決められている性能規格値です。
BSK-Aタイプ防音パネル
250Hzまでの中音帯域の値は質量則とほぼ同様ですが、500Hz以上の高音帯域では実際のBSKのパネルが透過損失が大きいことが分かります。
表2 鉄板厚1.2mm相当の透過損失の比較(質量則理論値とBSK-Aタイプ防音パネルの標準透過損失)
1/1オクターブバンド中心周波数(Hz) | 125 | 250 | 500 | 1000 | 2000 | 4000 |
鉄板 t1.2mm 質量則 | 11.3 | 16.7 | 22.1 | 27.5 | 33 | 38.4 |
BSK-Aタイプ防音パネル(1.2mm相当) | 13 | 17 | 27 | 35 | 40 | 45 |
透過損失差 | 1.7 | 0.3 | 4.9 | 7.5 | 7 | 6.6 |
BSK-Bタイプ防音パネル
2000Hzまでは実際のBSKのパネルの透過損失が質量則を上回っており、4000Hzの帯域においてはパネルの透過損失が下回っていることが分かります。
表3 鉄板厚2.3mm相当の透過損失の比較(質量則理論値とBSK-Bタイプ防音パネルの標準透過損失)
1/1オクターブバンド中心周波数(Hz) | 125 | 250 | 500 | 1000 | 2000 | 4000 |
鉄板 t2.3mm 質量則 | 16.4 | 21.8 | 27.2 | 32.6 | 38 | 43.5 |
BSK-Bタイプ防音パネル(2.3mm相当) | 17 | 23 | 33 | 39 | 42 | 38 |
透過損失差 | 0.6 | 1.2 | 5.8 | 7.5 | 4 | -5.5 |
BSK-Cタイプ防音パネル
実際のBSKのパネルの透過損失が500Hz帯域までは上回っており、1000Hz、2000Hzはほぼ同じですが、4000Hz帯域ではパネルの透過損失が下回っていることが分かります。
表4 鉄板厚3.2mm相当の透過損失の比較(質量則理論値とBSK-Cタイプ防音パネルの標準透過損失)
1/1オクターブバンド中心周波数(Hz) | 125 | 250 | 500 | 1000 | 2000 | 4000 |
鉄板 t3.2mm 質量則 | 18.9 | 24.4 | 29.8 | 35.2 | 40.6 | 46.0 |
BSK-Cタイプ防音パネル(3.2mm相当) | 24 | 30 | 37 | 39 | 42 | 40 |
透過損失差 | 5.1 | 5.6 | 7.2 | 3.8 | 1.4 | -6.0 |
「コインシデンス効果」の影響
実際のBSKの防音パネル(2.3mm、3.2mm相当)では、質量則の数値に対し、高音域で透過損失の大きな低下が見られます。
これはコインシデンス効果と呼ばれるもので、単一材料で構成されたパネルにおいて特定の周波数で透過損失(遮音性能)が他の周波数よりも著しく低下する現象です。必ず発生し、特徴としては以下のものがあげられます。
- 材料の曲げ剛性が高いほど、より低い周波数で発生します。
- 同一材料では厚みが増すほど、より低い周波数で発生します。
以上のことから、同じ鉄板でも以下のような特徴が現れます。
- 厚み1.2mmだとコインシデンス効果で10000Hz周辺の遮音性能が低下します。
- 厚み2.3mmだとコインシデンス効果で5000Hz周辺の遮音性能が低下します。
- 厚み3.2mmだとコインシデンス効果で3500Hz周辺の遮音性能が低下します。
このように遮音性能が低下する周波数をコイシデンス周波数といいます。
BSKの防音パネルは、これらの影響を受けて各厚みにより、コインシデンス周波数の周辺帯域の透過損失が低下していると考えられます。
つまり、BSK-Aタイプ(1.2mm相当)のパネルは125Hz~4000Hzの周波数帯域ではコインシデンス効果の影響を受けていないため、透過損失が低下していないと考えられ、BSK-Cタイプ(3.2mm相当)のパネルはコインシデンス周波数周辺の帯域(4000Hz)で透過損失が低下していると考えられます。
またBSK-Bタイプ(2.3mm相当)のパネルのコインシデンス周波数は5000Hzで4000Hz周波数帯域に影響しますが、4000Hz帯域に加えて2000Hz帯域の透過損失も低下しています。理由は、過去にBSK-Bタイプとして3.2mm厚(コインシデンス周波数3500Hz)の鉄板を使用していたメーカーがあり、その実測性能データもBSKの性能基準に反映されたことも一因として考えられます。
また実際の防音パネルはそのサイズに限りがあるため、低音域で共振現象が発生することがあります。これにより、パネルの性能が低下する場合があります。これは質量則が示す理論値と、実際の性能が異なる理由の一つです。
このように質量則は、実際の透過損失と近似していますが、異なる部分も多いです。防音対策を行なう際は、質量則による計算の結果は、初期検討時の目安と考え、実測データや第三者機関の試験結果を基に検討・判断することが重要です。
防音対策でお困りの方へ
弊社では防音設備協会(BSK)の各タイプに適合した仮設防音パネルを取り扱っております。現場の条件に合わせた最適な防音対策をご提案いたします。詳細な性能データや導入事例については、以下をご覧になるか、お気軽にお問い合わせください。